下水内郡栄村横倉のJR飯山線横倉駅長の上倉(かみくら)直人さん(69)が駅周辺の花壇整備に奮闘している。かつては周囲に花畑が広がり「花の駅」とも呼ばれたが、2011年3月の県北部地震で駅舎は傾き、花畑も資材置き場になって消滅した。長年親しんできた花畑がなくなり、気落ちしたが、花を通して知り合った人の応援を受け、再び花作りに精を出している。 現在、駅周辺の3カ所に計50平方メートルほどの花壇を整備。チューリップやマリーゴールド、サルビアなど約30種類を植えている。駅舎前にはサボテンやアロエなどの約30個の鉢植えも置いている。季節に応じた花の種や苗を購入するなどして育てているといい、冬以外は、いつも花が咲いている状態にするという。 上倉さんは同村出身。大工をしていた1982(昭和57)年、旧国鉄による同駅の無人化方針を受け、村の委託を受けて駅長に就いた。もともと「花や実が付くのが好き」で、趣味で駅周辺に花を植えたり、駅舎の玄関に鉢植えを置いたりして通勤・通学客や乗客の目を楽しませてきた。「毎年遠くから来てくれる人もいたんですよ」と懐かしそうに振り返る。花を眺める人に花の名前や特徴を紹介し、手紙のやりとりをするようになった人もいる。 11年3月の県北部地震で、駅近くの自宅は全壊。上倉さんは小学校体育館や仮設住宅への避難生活を余儀なくされ、昨年末、ようやく今の震災復興住宅に落ち着いた。震災前に200個ほどあった鉢植えは「置き場もないし、このまま駄目にするよりは」と、工事の作業員らに譲った。駅舎も傾き、応急危険度判定で「危険」の判定を受けて建て替えが決まり、かつての花畑は資材置き場になった。上倉さんは「家も趣味もなくなり、人生の終わりのような気だった」と振り返る。 同年8月に新駅舎が完成。かつて駅を訪れた人などから励ましの手紙や電話を多く受けたほか、花の種を提供したいとの申し出もあった。応援してくれる人や自分への励みに―と、この年に再び花壇の手入れを始めた。スコップで土を起こして石を取り除いたり、根が土中深く伸びるよう、土を入れ替え、ことしは昨年の2倍ほどに花壇が広がった。暑い時季になると、草取りなどの手間も増えるが、「趣味でやっていること。お客さんが花を見て少しでも和んでもらえたらうれしい」と笑顔で話している。(長野県、信濃毎日新聞社)
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