里山保全や自然保護に取り組む上田市民らの有志グループ「ヤマンバの会」が、ことしで設立20周年を迎えた。1993年に上田女子短大(上田市下之郷)裏の唐臼(からうす)山山頂にあったアカマツの古木「ヤマンバの木」が枯れて切られるのを前に、「お別れ会」をしようと発足。1日に同山頂で「伐採20周年記念祭」を開き、会員15人が切り株の前で20年を振り返った。 同会事務局長の村山隆さん(66)=上田市下之郷=によると、ヤマンバの木は高さ17メートル、直径86センチほどで、伐採時の樹齢は約220年。地元住民は「唐臼様の松」、近くの同短大付属幼稚園の園児たちは「ヤマンバの木」と呼んで親しんでいた。松くい虫の被害で枯れ、市が伐採を決めたため、村山さんら3人が93年4月に「唐臼山の老松(おいまつ)保存会」(通称・ヤマンバの会)をつくってお別れ会を企画。同年6月3日、住民や園児ら約200人の前で切り倒された。 地元の自然環境が壊されていると感じていた村山さんは「ヤマンバの木は私たちに警告を発して死んだのではないか」と考え、会で里山の保全活動をしていくことにした。戦時中に航空燃料用として松やにを採取した跡が残る上田市下之郷などの松や、同市塩田地域のため池の保存などに取り組んできた。2006年に「ヤマンバの会」を正式名称にした。 ヤマンバの木の切り株は普段、シートを掛け、しめ縄を巻いて現地で保存している。記念祭では、切り株の上に、当時切られた部分で会員らが作った仏像や地蔵を置いた。会長の細野平さん(77)=同市中之条=は「今後も実践的な活動を続けていきたい」、村山さんは「この木はヤマンバの会の象徴。木の問い掛け、教えに従って、誠実に活動したい」とあいさつ。その後、同市出身のコカリナ奏者黒坂黒太郎さんが作詞、作曲した「風になれヤマンバの木」を全員で歌った。(長野県、信濃毎日新聞社)
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