伊那市高遠町に、日本近現代史専門の古書店「蟻屋(ありや)書房」が東京から移転した。店主の今井真(しん)さん(67)が母親を亡くしたことをきっかけに、東京の喧噪(けんそう)から離れ「静かな場所で一生現役で古本屋をしたい」と移住。東京の古書市場に通い、専門分野の他に上伊那関連の資料も集め始めた。目録とインターネットで販売しながら、喫茶店のように集える古書店を目指している。 西高遠の国道361号から細い路地を北に入ると、民家の軒先に古書が並んでいた。家の中にも古書や資料数万点が所狭しと置かれている。車で6回に分けて運んだといい、荷ほどきされていないものもある。東京では利用者の大半が研究者で、目録を毎回2千~3千部発送したという。今井さんは「埋もれていた資料を公の場で活用してもらえるとうれしい」と話す。 東京出身。「本無しで出掛けるなんて考えられない」というほど本好きで、明治大の学生時代から神田や早稲田などの古書店に通い詰めた。雑誌編集などの仕事を経て、1983(昭和58)年に国立市で開業。「自分が生まれた国の歴史が知りたい」と専門を日本近現代史に絞り、主に目録とネットで販売してきた。 昨年、母親を亡くした。1人暮らしとなり移住を決意。ネットで物件を調べて下見し、静かさと雰囲気で高遠に決めたという。長野県は学生時代に合唱サークルの合宿で訪れ、親しみがあった。東京の店では長野県関連の古書も数多く扱ってきた。 移住したのは今年7月。月3回ほど上京し、古書市場で1回に段ボール箱3~5個分を仕入れる。「関心を持ったら周辺のものをすぐに読んだり買ったりする」。最近は二・二六事件に関心を寄せる。上伊那関連では、地域の教育者に関する記録、日露戦争で出征した軍人が持ち帰った戦利品を寺社などに配布した際の通達書もある。 高遠に来て、子どもたちがあいさつをすること、家の前にお裾分けの野菜がよく置かれていることに驚いた。何より、住民有志らが「本の町」づくりを目指しており、「来てみたらゆかりがあった」。街中で古本市などをする9月の「高遠ブックフェスティバル」にも関わる。 「蟻屋」は、戦後の新劇青年のたまり場だったという喫茶店の名にちなむ。「本好きな人が来て情報を教えてくれる。定期的な古本まつりや古本塾のようなことも地道に続けていきたい」と話している。(長野県、信濃毎日新聞社)
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