小県郡長和町大門にある縄文時代の黒曜石採掘跡「星糞(ほしくそ)峠黒曜石原産地遺跡」(国史跡)で、木の構造物の一部が見つかったことが6日、分かった。発掘調査をした「鷹山(たかやま)遺跡群調査団」(団長・矢島国雄明治大教授)によると、縄文人が穴を掘って黒曜石を採取する際、危険防止のために土留めとして使った可能性が高いという。調査団などは今後詳しい年代を調べるとともに、全容を把握する発掘を行うかどうかや保存・公開方法を検討する。 現地では1991年から98年にかけて調査団などが行った発掘で、「採掘址(し)」と呼ばれる穴が195カ所見つかっている。町教育委員会などは一般の人が一部を見学できるよう屋外施設を整備したい考えで、調査団は2007年からことし10月まで、整備に向けた発掘調査をしていた。 調査団によると、木の構造物があったのは第1号の採掘址。隣接する149号、150号から連なるように南北24メートル、東西4メートル、深さ4メートル50センチの溝を掘り進め、本年度の発掘で見つけた。 確認できたのは、長さ1メートル40センチほどの3本の木が積み重なり、この端に長さ50センチほどの木2本が組み合わさっている構造物。上から見るとL字のようになっている。L字の内側の2カ所は、それぞれ25センチほどの木のくいで支えられていた。 矢島団長は「地層の状況から、約3500年前かそれよりも古い。縄文人が、掘り捨てた土が崩れないように、土留めとして設けたのではないか」と話す。 首都大学東京(東京都)大学院人文科学研究科の山田昌久教授(考古学)によると、縄文人が土壌を木の構造物で補強した事例としては、川の護岸に使った富山県小矢部市の桜町遺跡、地下水を掘る際に四方を囲んだ栃木県小山市の寺野東遺跡などがあるという。同教授は「黒曜石の採掘中にけがをして、安全管理への意識が高まったのかもしれない。縄文人が安全対策を施した上で掘り進めていたとすれば興味深い」と話す。 調査団は、今回発見した構造物を取り出さず、外気に直接触れないようにアルミホイルで巻いて保存。土のうや空のペットボトルを詰め、溝ごと埋め戻してある。今後は、炭素同位体による年代測定で詳しい年代を調べ、2年以内に報告書を作成する。 矢島団長は「構造物が見つかり驚いている。今後の発掘調査は未定だが、調査が再開されれば、構造物の全体像が明らかになり、詳しく分析できるだろう」と話している。(長野県、信濃毎日新聞社)
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