南アルプスなどで高山植物の食害が問題化しているニホンジカの高山帯進出が、北アルプスの稜線(りょうせん)にも及んだことが山小屋関係者らの話で分かった。後立山連峰・鳴沢岳(2641メートル)では7月、近くの山小屋スタッフが稜線直下の雪渓でシカ1頭を撮影。近年、北ア山麓や亜高山帯で目撃される例が目立ち始めており、「想像以上の早さで生息域を広げている」と関係者は懸念を強めている。 環境省松本自然環境事務所によると、北アではこれまでに南部の乗鞍岳や、北部の栂池高原、八方尾根の亜高山帯で目撃例があるが、稜線進出の報告は初めてという。 撮影したのは、大町市と富山県境の稜線上にある新越(しんこし)山荘支配人、小田木正邦さん(30)。7月2日午後4時ごろ、登山道に注意看板を立て終えた帰り、鳴沢岳山頂から同市側に数十メートル下がった雪渓を上る動物を見つけた。 付近は斜度が45度を超える急な岩場で、一瞬、カモシカかと思ったが、「毛色が灰色がかったカモシカと全く異なり、お尻もシカ特有の白い毛だった」ため、100メートルほど離れた位置からズームで撮影。シカはそのまま低木帯に消えたという。 「いつ来てもおかしくないとは思っていたが…」。新越山荘を含め、鳴沢岳から鹿島槍ケ岳(2889メートル)にかけての稜線上で三つの山小屋を経営する柏原一正さん(56)=大町市=は厳しい表情だ。 柏原さんによると、既に3年前の秋、爺ケ岳(2669メートル)北の稜線上2500メートル付近で、近くの冷池(つめたいけ)山荘支配人がシカとみられる動物1頭を目撃。体形や跳びはね方から一見してカモシカと異なり、黒部峡谷側に駆け降りていったという。昨年秋からは柏原さん自身、鹿島槍ケ岳に向かう赤岩尾根上や登り口の大谷原で何度かシカを確認。10頭近い群れも見たという。 同事務所自然保護官の有山義昭さんによると、麓の鹿島集落や小熊山では既に越冬個体や冬場に群れの足跡が確認されており、「北ア山麓に定着し始めているのは疑いない」。今のところ周辺の高山帯で明らかな食害は見られないというが、さらに北の白馬岳(2932メートル)一帯には、タカネキンポウゲやウルップソウなどの希少な高山植物群落もある。 「ここ2、3年のスピードを考えると、話に聞く南アのお花畑の惨状がひとごととは思えない」と柏原さん。環境省、県などは白馬岳、上高地―乗鞍岳を重点対象地として移動経路などの調査を始めており、有山さんは「まずは越冬地や生息域を把握し、山麓で高山帯への進出を抑える対策を進めたい」としている。(長野県、信濃毎日新聞社)
↧